文具で楽しいひととき
■ 「湖面の光を表現した万年筆」 
    プラチナ万年筆 #3776センチュリー限定品 山中 20,000円+Tax


 


□#3776センチュリーの発売を記念して
 スタートした限定シリーズ。

 美しい日本語が書ける最高峰の万年筆を目指すということで
 「3776」は富士山の標高を表し、
 その限定シリーズも富士山をとりまく
 湖を冠してきた。

 「本栖」、「精進」、「西」、と順調に進められてきた。

 ただ、昨年は
 ちょっと例外でフランスの「ニース」という
 名のモデルだった。

 ピンクゴールドタイプもあり、
 見るからにヨーロッパというものだった。

 そして、
 5年目を迎える今年は
 再び富士五湖に戻ってきた。

 「山中」である。


□まずは、
 ボディにグルリと施された
 デザインから見ていきたい。


 


 早朝の山中湖は朝霧が立ちこめ、
 湖面には静けさをたたえている。

 太陽が昇り始めると風が吹いて
 湖面に小さな波のざわめきが生まれる。

 そこへ澄んだ空気を通った朝日が
 反射するとキラキラと輝く。


 


 今回の「山中」では、
 その湖面に表れる波の優しいざわめき、
 そして、
 キラキラと反射する様子を表現している。

 ボディには、
 ユラユラとした細かなラインが幾重もある。


 


 光をあててボディをクルクルと回転させると
 なるほど、
 その細かなラインが優しく反射する。


 


 こうした樹脂ボディに
 ラインを加工するとなれば
 一般的には表面を削っていく手法がとられる。

 ちょうど、ペンに名前を刻印するときのように。

 彫った跡というものは
 白くなっているものだ。

 しかし、
 この「山中」のラインには
 それが見られない。

 実は、
 これは彫ってはいないのだ。

 では、どうやっているのか。

 「光線彫り」という手法が使われている。

 「光線彫り」とは、
 表面を押し込んで凹ませるというもの。

 削らずに押し込むことだけで、
 凹凸をつけている。

 そのため、
 あの白い溝のようにはならない。

 溝の底の部分も
 透明感にあふれる。

 加えて、
 押し込んで凹ませると、
 その両側が「わだち」と言って
 ほんのわずかだが、盛り上がる。


 


 ちょうど、やわらかな粘土の一部を押し込むと
 両端が盛り上がるが、
 まさに、そのイメージ。

 ユラユラとしたラインは
 実は、横から見てもユラユラとしているのだ。

 考えてみれば、
 湖の水面にできる波のざわめきというものは
 「わだち」のように
 ゆるやかなラインになっている。

 細部にわたり湖面が美しく表現されている。

 この「光線彫り」は、
 ペンではあまり使われていない。

 ただ、プラチナ万年筆では、
 「早川式繰出鉛筆」のボディで
 その加工を使っていた。


 


 今回の「山中」のように
 プラスチックボディに施すというのは
 ほとんど聞かないという。


□このユラユララインは
 ただユラユラしているだけに見えるが、
 一本一本のラインの並びにもこだわっている。


 


 1本のユラユララインを中心に
 その両端のユラユラを半周期ずらし、
 さらにその外側を1/4周期ずらしている。

 この微妙なずらし加減が
 自然な「ゆらぎ」を生み出しているようだ。


□ミクロの視線から
 すこし離して見る。

 すると、
 キャップからボディにいたるまで
 このユラユララインがピタリと揃っていることに気づく。


 


 試しに、
 キャップを外して再び締めてみた。

 何度やっても揃う。

 実は、これ
 ちゃんと揃うように作られているのだ。

 「光線彫り」をするとき
 ボディにキャップを締めた状態で行っている。

 ふつうこうした加工では
 キャップとボディは別々に行われる。

 「山中」では
 柄を合わせるためにセットして行っている。

 こうしたやり方は
 「蒔絵」などで行われているものだそうだ。

 セットしたまま行うということで
 中央リングの際の部分の加工がしづらくなる。

 しかし、
 見てみると、際ギリギリまで
 ユラユラがちゃんと加工されている。


 


 という訳で、
 「山中」のキャップとボディはセットとして
 扱われなくてはならない。

 「山中」の別なキャップを持ってきて
 セットしても柄は合わない。


□最後に、
 ペン先についても一点触れておきたいことがある。


 


 ペン先のラインナップは
 これまでどおりのF、M、B。

 それに加えて、
 「山中」では、中軟(SM)も用意されている。

 中軟とは、
 中字の柔らかなタイプということだ。

 その昔、
 プラチナ万年筆が
 「プラチナ萬年筆」だった時代にはあった。

 しかし、
 今はラインナップされていない。

 というのも、
 生産コストが高くついてしまうから。

 通常のペン先とは
 その薄さが違うのだ。


 
   *「山中」の中軟ペン先


 通常のものは、
 根もとからペン先に行くに従い
 だんだんと厚みがでていくという作り。

 対して、
 中軟は根もとのスタートの薄さは
 通常のものと同じだが、
 その薄さは先端に行ってもずっと保たれたまま。

 そして、ペン先の直前で厚みが出ている。


 
   左が通常の「M(中字)」、右が「SM(中軟)」。
   こうして比べると「中軟」の方がペン先が薄いのがよくわかる。


 ペン先を圧延する工程から
 別工程になるため、どうしてもコストがかかってしまう。

 今回の「山中」では
 特別に設定されているが、
 今後、表舞台に出ることはないという。


□その中軟で書いてみた。

 キャップを尻軸にカプリと優しく差し込み
 筆記体勢に入ってみる。


 


 私は、ボディの中央あたりを握るのが
 レギュラーポジション。

 指先が美しい湖面デザインをとらえる。


 


 万年筆は、あまりギュッと握るものではない。

 これは、優しく指先を添えても
 ほどよくフィットする感触がある。

 細かくなだらかな幾重ものユラユララインが
 指先に優しくとらえる。

 このキャップを尻軸にセットした時も
 ユラユララインはピタリと一致している。


 


 紙の上にペン先を添えて
 準備運動のように
 すこしばかり筆圧をかけると、
 ペンの先端側だけがクッションのように
 やわらかくたわむ。


  

 


 これは気持ちいい。

 このやわらかさを上手く味方につけると
 文字に強弱をつけて書いていけそうだ。


 


 あんまり力をいれなくても
 中軟のやわらかさは十分味わえる。


 


 今やボールペンもどんどんと滑らかになって、
 多くの人たちの筆圧は
 以前よりも弱くなっているような気がする。

 中軟は、
 これからの時代にあったペン先と言えるかもしれない。

 美しいボディと優しい書き味が楽しめる
 「山中」だった。


 

 


 (2015年6月9日作成)


*追記 1

 この「山中」を買うと、「葉書タイムカプセル」プレゼントが付きます。

 「山中」(付属のブルーブラックインク)で書いた専用葉書を送ると、
 2019年2月までの間であれば、好きな日にその葉書を指定の住所に
 届けてくれるというものです。

 プラチナ万年筆のブルーブラックインクは、
 数年という月日が経っても、文字がしっかりと残るということを
 未来へのメッセージと共に
 身をもって体験していただこうという企画だそうです。


*追記 2

 万年筆で書いたメッセージを紙飛行機で飛ばして
 リレーしていくという企画で、私も参加させて頂いております。

 その動画はこちら


*追記 3

 「早川式繰出鉛筆」は、店頭在庫のみとなっているそうです。



 □ プラチナ万年筆 #3776センチュリー 山中



 



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