
そして次に
第3段階の「いったん問題は全く放棄する」というものだが、私は草稿をポスタルコのリーガルエンベロープに入れて、紐をグルグルと巻いてしっかりとフタをして、しまい込んでしまう。
このリーガルエンベロープはこうして紐でフタをガッチリと閉じることができるのでハイ、おしまい!とばかりに、区切りが付けやすいのがいい。
そして、これまでの仕事からいったん手をひき、全く別の仕事に取りかかる。
この何もしないという段階の効用を私は「アイデアのつくり方」の中で最も強く感じている。
自分では、その草稿原稿をしまい込んで物理的には意識の外に置いていても、実は頭の中の片隅にはしっかりと残っていて、別の仕事をしながらも脳は常にそれに関連することを探したり、考えているようである。
これはあくまでも無意識の中で。
よくアイデアは、昔から、「三上」で浮かぶと言われている。
三上とは、「鞍上、厠上、枕上」。馬の上、トイレ、寝ている時である。
現代では、馬は乗らないので、これは、歩いていたり電車や車に乗っている時ということにあたると思う。トイレと寝ている時はそのまま。
私もこの三つに加えてお風呂にはっている時にも新たなアイデアが浮かぶことが実に多い。
いずれの場合も共通しているのは、一つ一つの行動に意識を向かわせなくてもいいという点だ。
例えば、散歩の時、
人は、さぁ右足を前に出そう次は左足だ。足の出方が低いぞ!もう少し高く!などと誰も考えていない。
あくまでも自然に意識することなく体を動かしている。
トイレもお風呂時も、寝ている時は無論そうだ。
ではその時に頭の中は、何をしているかというと、体を動かす事に意識を使わなくていいので、頭の中にすでににある「何か」を無意識で考えているのだろう。
それがまさにいったん意識の外に置いていた私の場合で言えば、「リーガルエンベロープにしまい込んでいた草稿」。
しまい込んでいたはずの草稿について不意にいいアイデアが浮かぶことが多い。
この「アイデアのつくり方」を読む前はここの不意にアイデアが浮かぶということだけを取り出して私はアイデアというものは不意にしかやってこないとそう思いこんでいた。
しかし、違ったのだ。
実は、その前に色々な下ごしらえがあってこそだったのだ。
その不意を逃さないために私はポスト・イットスタイルノートをラミーピコや鉛筆とともにポケットに必ず入れている。
ちなみに寝間着に着替えても必ずポケットにはペンとメモをしのばせている。
散歩しているといいアイデアが浮かぶのは、体が揺れてそれによって頭の中の余計なものがふり落とされ、大切なものだけが残ってアイデアになるというイメージが私にはある。
お風呂では汚れを流しているので、余計なものが流されて大切なものが残る。トイレはいわずもがな。。出すことで、大切な何かが残って見つかる、こう考えると実に合点がいく。
そのアイデアを原稿に加え、それをさらにリーガルエンベロープに入れ再び別な仕事をするというのを2、3回繰り返して、コラムも完成させている。
それがステップ4.5を行っているということになるのだと思う。
この仕事の流れを確立してから、一つの仕事を決して1日で仕上げるということがなくなった。
最低でも1週間ぐらいかけて取り組んでいく。
梅竿忠男氏の「知的生産の技術」という本の中にこういう一文がある。
「『自分』というものは時間とともにたちまち『他人』になってしまうものである。」
同じ人間でも日々色々な情報を取り入れていくので、それに伴い他人になってしまうのだろう。
それをうまく使って「明日の別の私」に原稿をチェックしてもらうというのを繰り返すということを行っている。
アイデアというものは机の上ではなく、一定の準備をした上で、全く別なことをして手に入れる。
これは私の仕事を大きく変えてくれたまさに素晴らしいアイデアである。
(2009年2月24日作成)
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