
このように液晶画面が起き上がっていることで、数字が見えやすくなるのだ。
「なるのだ。」などと大げさに言ってはみたが、こうしたスタイルは、ことさらに驚く事でもない。他でもよく見かけるものだ。
しかし、その起き上がり具合がとても自然。
自然なのだが、とても特徴的。
本来はフラットだったものをそぉっと優しく折り曲げたかのようなフォルムをしている。
ボタンはアマダナと違いシンプルな構成。
数字以外には、
「+」、「−」、「×」、「÷」、「=」、「%」の他、「−M」、「+M」、「−TAX」、「+TAX」くらい。
ちょっと特殊なところでは今や懐かしい「√」があるくらい。
私の仕事では、全く使わないものだ。
試しに「√2」をはじきだして、「ヒトヨヒトヨニヒトミゴロ」であることを数十年ぶりに確認してみたりした。
ボタンの押し心地はごくごく普通。
アマダナは四角いボタンだったが、これは丸で少しばかり小さい印象。
そのボタンをたたいて計算をしてみると、パコパコと軽快な音を立てる
この電卓をいろいろな角度から見て、とてもシンプルなのだが、ただシンプルなだけではなく、何か特徴的なものをすごく感じるようになってきた。
しかし、その「何か」がなかなかわからなかった。
しばらく使っていて、一つを気づいたのは、「かたまり感がすごくある」ということだった。
これは他の電卓では、ちょっと感じることがないものだ。
何ゆえ、私はそう思ったのだろうか。
一つにボディのつなぎめがほとんど見えないということがあると思う。
ボディのサイドには繋ぎ目があるが、それは1mm もないくらいで段差もほとんどない。
よくよく見てみると、一つ一つのボタンの隙間もすごく狭い。
電卓全体からは一体感というものをすごく感じる。
この電卓はプロダクトデザイナーの深澤直人氏によるもの。
試しに同氏デザインのラミーノトを横に置いてみると、なるほど、という感じですごく同じものを感じた。
やはり、ラミーノトからも、「かたまり感」や「一体感」というものをひしひしと感じられる。
それぞれのボディの中には、電卓の機構部品やボールペンのリフィルなどが入っているのだが、端からは、まるでプラスチックのひと塊であるかのように見えてしまう。
ボディには違う材質のものは基本使われておらず、すべて同じマットな樹脂で作られていることも影響しているのだろう。
電卓もラミーノトも、どこから見ても「かたまり感」に満ち溢れている。
では、この「かたまり感」、私たちが日々使う上で何がどういいのだろうか。
例えば、電卓を机の上に置いた時の安定感がとてもいい。
見ていて安心感すら感じられる。
もちろん見てるだけではなく、使う上でもそれは同じように安心感に通じる。
考えみれば、
自然界にあるものは木々や石などは当たり前だが、すべて中身がぎっしりと詰まっている塊のものばかり。
一方で、
工業的に作られたものの多くは、端から見て、ここはフタで、そこを開けると、きっと中には色々なものが入っているのだろう、というのが、外観からすぐわかってしまう。
「かたまり感」というものに、心地よさを覚えるのは、そこに自然界のものを重ねあわせて見ているからなのかもしれない。
そうそう、例の、アマダナの電卓は今も姿を表さないままである。
(2010年6月1日作成)
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□ 関連リンク
■リアルフリート
amadana 電子計算機
■「日本の心を持ったラミーペン」ラミー ノト(noto)
「かたまり感」のあるデザインと言えば、ラミー2000もありますね。
クリップは、まさにステンレスの塊で出来ていますし、つなぎ目がわからないボディからも、ひしひしと「かたまり感」というものが伝わってきます。
■「使うほどにわかる計算しつくされたデザイン」 ラミー2000 ペンシル
■「ようやく手に入れた
ラミー2000万年筆
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4色ボールペン